2016/04/19

密教発達志




日本に伝えられた密教は、単純から複雑へ、素朴から純粋へと洗練されていったことが、近代的研究で明らかにされています

日本仏教は、インドからシルクロード、中国を経て、日本に伝えられ、数多の天才たちによって洗練された「仏教の歴史の果実」です



近代デジタルライブラリー 密教発達志 巻第一

[PDF]大村西崖著『密教発達志』訳注研究(一)ダウンロード

[PDF]仏教学における近代化の問題 「密教発達志」とその批判をめぐって


2016/04/17

2016/04/15

天台と真言


僕は、高野山大学を卒業して、本山の修行道場の監督をつとめ、それから現在のお寺の宗旨の比叡山ですべて一から修行しました
真言と天台両方に深い御縁があります
どちらかというと、基礎からきちんと勉強した真言のほうが詳しいです
それでも天台で30年以上やっていますから、内容は理解しています
弘法大師(空海)と伝教大師(最澄)は、弟子の取り合いや、密教の評価の違いがあって、絶縁したのです
才能は空海のほうが上です
だた、歴史は、天台系から念仏、禅、法華と大乗仏教の天才を輩出しました
スパープレーヤー(空海)と優秀なコーチ(最澄)でしょうか
今、真言宗系の末寺は30000ヶ寺位はあるでしょうか
天台宗は3000ヶ寺ほどしかありませんが、比叡山を母とする宗旨は、つまり、真言以外の全てですね
ちなみに、僧侶の世界で、宗旨の席次は天台が上です天台のほうが先に公認されたからです

世界遺産も比叡山が先でした
これは、高野山と熊野をいっしょに登録することで、もめて遅れたからです


天台四教義は五時八教のなかで説かれています
五時八教については、ここでは簡単にふれるだけにします、なにぶん、天台学の精髄ですので、ややこしいのです(汗)


五時
華厳時   (華厳経)
鹿苑時   (阿含経)
方等時   (維摩・思益・金光明・勝鬘等の大乗経)
般若時   (諸種の般若経)
法華・涅槃時(法華経・涅槃経)

化儀四教
頓教  仏の悟りそのものの教説
漸教  浅略から次第に深く説く教説
秘密教 相互に知られず、能力に応じて理解される教説
不定教 教示をうけた側で、能力に応じて理解される教説

化法四教
三蔵教 小乗仏教
通教  声聞・縁覚・菩薩に共通した教法
別教  一般的な大乗仏教
円教  天台の教法
それで、日本にきてから、これに密教が付け加えられました
この付け加え方に、時代的変遷があって、苦労したのがわかります
いずれにしても、真言宗で言う、顕密二教の分類とは全く違います


天台密教では、教主は釈迦如来です、で、釈迦大日一体とします
真言密教では、教主は大日如来です

無量義経に「釈迦牟尼如来を毘盧遮那遍一切処と号す」と書かれていて、 釈迦、大日一体の仏教経典による根拠とされているのですが、慈覚大師と智証大師は入唐して大興善寺の元政阿闍梨に釈迦、大日一体であることを念を押して確認して、仏教の正しい伝統であることをはっきりさせました

弘法大師は十住心論で、「顕薬塵をはらい真言蔵を開く」として、密教以外を薬の能書き、密教だけが薬、というように、釈尊のお経をばっさり切り捨てて、分類しました
大日如来>釈尊で、密勝顕劣ともいいます

しかしながら、現在の真言宗は、観音経や般若心経を祈祷に使って、その霊験を認めています


比叡山では、伝教大師が大乗戒を確立するため、徳一と激しい論争をして、大変な苦労をしました
大乗戒が公に認められたのは、伝教大師の死後です
これは、日本独自の戒律で、現在の日本仏教は、その大乗戒を守っています

弘法大師は、東大寺で行われていた有部律の具足戒(ミャンマーやスリランカと同じ、250程戒律があります)をそのまま採用し、その上にさらに密教の戒律を守ることを求めています

大乗仏教を完成させたのが天台で、加持祈祷を大衆化したのが真言といったところでしょうか
仏教自体の内容は、天台の方が、念仏、禅、法華と枝分かれしたのですから、豊富です
弘法大師は天才だというのは、それでいいんですが、弟子が育たなかったのは、性格的なこともあると思いますね


天台は、初期には密教で真言に遅れをとりましたが、何回も入唐して挽回しました
僕は両方やったからわかるけど、天台の密教解釈のほうが仏教の伝統をより多く踏まえていると思いますよ
たとえば、釈迦大日一体説とか
ただ、天台は大乗戒のために有部律を捨てますから、そこは、真言が有部律ですから世界標準ですね

天台宗は真言宗の約3倍の経典を中国から持ち帰っています
八家秘録(平安時代入唐した八人の僧の請来目録)によると

真言宗関係の請来書
465部  888巻

天台宗関係の請来書
1201部 2326巻

天台宗は慈覚大師、智証大師などにより、最新の経典を根拠に広い視野で密教をとらえるようになっていきました


一口に「比叡山は日本仏教の母山」と言いますが、主な宗派の開祖は皆、一度は比叡山で学んでいます。

法然
(1133-1212)
浄土宗
15才の時、比叡山で得度

親鸞
(1173-1262)
浄土真宗
始め比叡山に学び、後に法然の弟子となる

栄西
(1141-1215)
臨済宗
比叡山に学び、密教の一派、葉上流を興す
二度入宋し天台山にて禅を学ぶ

道元
(1200-1253)
曹洞宗
始め比叡山に学び、栄西の弟子となる
栄西没後入宋し曹洞禅を学ぶ

日蓮
(1222-1282)
日蓮宗
比叡山にて法華経を学ぶ


2016/04/14

北伝仏教の完成

13世紀頃にはインドで仏教が消滅し、中国では度重なる仏教破壊があったので、結果的に、日本が密教を統合した北伝仏教を完成したことになりました



雨に濡れた牡丹






2016/04/10

仏教の歴史 本質的に共通する部分


仏滅後100年頃バイシャーリで行われた第二結集で、仏弟子は上座部と大衆部に分裂します
伝統を墨守するのが上座部、臨機応変に本質を求めるのが大衆部です

上座部はほぼ原型のまま、南伝してタイやミャンマー、スリランカなどに伝わり
大衆部はインドで密教化しつつ、大乗仏教として中国やチベットに伝わり、日本はこの流れに属します

上座仏教の修行の実践方法は「清浄道論」に、まとめられています
実に克明に解説が書かれています
瞑想方法も各種解説されていますが、主要な方法は、シャマタ(止)ビバシャナ(観)と言い、つまり、止観です

パーリ語から口語訳された500ページくらいの本が三冊です
上座仏教の修行法が説きつくされた、と言っていいでしょうね


一方の大乗仏教では、膨大なものがありそうですが、修行について体系形的にまとめられた本は天台大師が書いた「摩訶止観」とその要点をまとめた「天台小止観」しかありません
あとは、その2冊の止観の解説書があるだけです
仏教の修行を止観という概念で統合しています


「摩訶止観」は文庫本にもなっていて、400ページくらいのが2冊です
今、この本は絶版してしまっているようです
漢文の書き下しですが、細かい字で、けっこう大部です
「摩訶止観」以上の止観の体系的解説書は、結局現れませんでした

「清浄道論」と「摩訶止観」が、仏教の修行法の解説本の双璧です
止観が、上座部・大衆部の修行法の共通概念であることがわかります


これを、きちんと理解しなければ仏教の修行ができないということだと、坊さんは皆、大学院で仏教学を専攻しなければならなくなりますね(^^;;

で、実際は
僕は高野山で僧侶専門の修行道場の監督を1年やりましたし、比叡山で一から修行しなおしましたけれど、部分的な引用などはあったかもしれませんが、通して読んだりはしません

現在は、こういう古典的論書を踏まえた、もっと洗練された方法が、各宗派で研究され実施されています

主要な修行法は

天台系 経典読誦と密教
真言系 密教
浄土系 念仏
禅宗系 坐禅
法華系 題目と経典読誦

まちまちで統一感がありませんが
密教を真言観念に分解すると

身  
口  真言 経典読誦 念仏 題目
意  観念 坐禅

と、おおまかに、身口意の三つに分類できます

身口意の全ての要素を含んでいるのが密教です
密教は、日本では平安時代からある古い宗派になりますが、仏教史の流れからすればインドで仏滅1000年後位に成立した、もっとも新しい宗派です
ですから、修行法は、古くからある方法を統合した、洗練された方法に進化しているとも言えます
また、逆に、各宗派は、一つだけを深く追求しているとも言えます

密教では止観を踏まえて、加持という概念が成立しました



いろいろ書きましたが
つまり仏教では、自分が脳内に作り出す、生きているという素朴な感覚ではなく、その感覚を感じる前の世界を求めている、ということなのです


なぜなら、自分という存在が、執着、妄想、間違い、思い込み、など様々な歪みを作り出しているからです

これを学習と経験から学ぶ、というのが世間一般の常識なのですが、その学習すべき対象も、果分不可説で、あまり当てにはならないのです

でまあ、学習ももちろん大事ですが、瞑想は必要だということになるのです













2016/04/09

ボタンが咲き始めました



牡丹 島錦



温暖化で牡丹の開花は、だんだん早くなっています
病害虫も非常に多くなりました


仏教の歴史 個人の時代


日本の仏教は、「壮大な伽藍」から始まり、平安時代に「山岳仏教」になり、中世に日本的な発展を遂げつつ「地方へ伝播」していきました
江戸時代に「檀家制度」が確立し、今日では「各家庭に仏壇」が置かれるところまできました

中央集権的な時代には「壮大な伽藍」で国家の威信を示し
平安時代には「山岳仏教」で貴族の祈祷道場としての霊力を求められました
それが鎌倉時代にはいると、「地方へ伝播」し、地方にも中央に拮抗するような勢力が芽生えはじめ、仏教の大衆に向けた発展が加速され、中規模な寺院が日本全国に作られました
江戸時代には封建社会を固定化するために、各村落にも寺院が作られ「檀家制度」が浸透し「各家庭に仏壇」が置かれました

寺院は国家から地方、そして小さな村落へと変化しつつ発展してきました。そして今は各家庭に仏壇が置かれるようになり、違和感無く我々の生活に溶け込んでいます。

つまり、大⇒中⇒小と流れてきているわけです

で、次なる発展は、国家中枢⇒上流階級⇒地方豪族⇒地域社会⇒家庭ときて、こんどは個人でしょうか

たとえて言えば、大規模通信設備⇒公衆電話⇒固定電話の次に携帯電話がきたように、仏教の個人化がくると考えられます


日本仏教は歴史的にはどうしても上意下達の権威主義とセットになっていました
権威の中心は特権階級から徐々に大衆に開放されてきたのです
寺院の性格が国家中枢(法隆寺や東大寺などの大伽藍に代表される)⇒上流貴族(比叡山や高野山など)⇒地方豪族(鎌倉期の地方の大寺院)⇒地域社会(檀家寺)⇒家庭(仏壇)ときたら次は⇒個人ということになるのですが、はて、これがどんなものになるのでしょうか?

2016/04/07

餅つき



毎年4月6日に餅つきをします

4月8日は、お釈迦様の誕生日を祝う「花まつり」の会式を行います
そのあと、餅まきをします

2013年の餅まきの様子


2011年の餅まきの様子




2016/04/04

仏教の歴史 拡大解釈+再構築




撮影機材

カメラ   Olympus OM-D MarkII
レンズ Olympus 25mm F1.8
録音 TASCAM DR-05 Wav24bit  48k モノラル 低域カット80Hz Rec revel65
マイク SONY ECM-CR120  マイクのみ使用
編集ソフト PowerDirector14

背景
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絞り優先 F4 補正+0.3

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Higlight-4 Shadow+6
絞り優先 F1.8

WB auto

YouTubeレンダリング
1920*1080 24p 8Mbps

2016/04/03

仏教の歴史 密教の登場 仏教の再構築



2016年4月3日の桜の様子です


撮影機材

カメラ   Olympus OM-D MarkII
レンズ Olympus 45mm F1.8
録音 TASCAM DR-05 Wav24bit  48k モノラル 低域カット80Hz Rec revel65
マイク SONY ECM-CR120  マイクのみ使用
編集ソフト PowerDirector14

背景
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Higlight0 Shadow0

絞り優先 F1.8

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Higlight-4 Shadow+6
絞り優先 F1.8

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仏道を歩む 多神世界をどう生きるか 動画要約

多神教の世界 : 演者は、すべての人を一つの宗教に改宗させようとするのではなく、多様な宗教や無神論者が共存する多神教の世界でどのように生きるかに焦点を当てるべきです。 仏教とキリスト教 : キリスト教のような「啓示宗教」とは対照的に、仏教は個人的な実践と理解を通じて自身の苦しみを...