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2月の写真

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普賢菩薩画像

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敬礼諸佛 称賛如来 広修供養 懺悔業障 随喜功徳 請転法輪 請佛住世 常随佛学 恒順衆生 普転回向 普賢菩薩 別名は金剛薩埵(こんごうさった) 仏教修行者は、皆、金剛薩埵であるとされています ですから、あなたも、どこかのお寺の檀家さんなら金剛薩埵です 檀家でなくても、自分は仏教徒だと自認していれば金剛薩埵の資格があります 金剛薩埵は色々な経典に頻繁に登場します 永遠に生まれ変わりながら、各地の賢者を訪ね、仏教を修行し続けます 衆生の心の中にある菩提心(ぼだいしん)を人格化した菩薩でもあります 菩提心は仏教語ですが、向上心と慈悲心を合わせた概念です 純白の月輪で表されることもあります 釈迦三尊の脇時で登場する時は、普賢菩薩が慈悲の働き、文殊菩薩が智恵の働きを表します まあ、初心の金剛薩埵が我々で 修行が進むと、この画像に描かれたような姿に近づくと考えておきましょう 普賢菩薩像 一幅 絹本著色 縦95.6 横37.5 南北朝(14世紀) 普賢菩薩像は文殊菩薩とともに釈迦如来の脇侍として釈迦三尊を形成する場合があるが、独尊の画像あるいは彫刻として造顕された遺例の方がむしろ量的には多い。これは、普賢菩薩が法華経信仰の広がりによって単独の信仰を集めるに至ったためで、ことに法華経が女人往生説を説くことからもいっそうの流布をみたと考えらている。  妙法蓮華経、略して法華経は五世紀の初頭に鳩摩羅什によて漢訳され隋の天台智ぎによって大成された教典であるが、わが国では聖徳太子が『法華義疏』を著しているように、すでに飛鳥時代には伝えられている。以後、奈良時代においても法華経信仰は確実にに定着してゆくが、本格的流布は平安時代初期の人唐最澄が、法華経を根本経典として比叡山に日本天台宗を開宗して以降のことで、法華三味行法を行うために、皇族・貴族によって数多くの法華堂が建立され、本尊・普賢菩薩像が造顕・安置された。法華経は序品から始まり最後の勧発品までの28品(28章の意)によって構成されているが、最後の勧発品には普賢菩薩が法華経を修行する者を守護することが説かれ、画像・彫像ともに六牙の白象に乗り行者の方へ近づいてくる姿で表されているのが通例である。

癒される瞑想が、なぜ必要なのか

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地獄はあるのか? はい、地獄はあります お経に書いてあります 「地獄を見た」という人もあるでしょう ただ、地獄にいるから苦しい、と単純ではないようです 「地獄に仏」という言葉がありますが、地獄にいらっしゃる仏様もあるわけで、おそらく、仏様は地獄にいても苦しくはないのでしょう 我々は、普通に漫然と生きていると、地獄に行く可能性が非常に高いです なぜならば 人間は、感覚器官を通じて外界を脳内に再構築して、それを認識とか経験、学習、知識と呼んで暮らしています そもそも、脳に外界の情報が入力されるときに、自分にとって有利か不利か、安全か危険かを取捨選択しています また、せっかく取捨選択して学習、経験しても、忘れてしまうこともあります つまり、外界にあること、そのものが脳内に再構築されるのではなく、かなり、自分勝手な取捨選択をしたものが取り入れられているのです そして、これは、人間で有る限り、避けられないことです 自分で真実だと確信していることも、ありのままの真実を自分なりに脚色したものであるのです そこには、ありとあらゆる誤謬や勘違いが入り込む可能性があり それは、構造的に、避けられないのです 程度の差こそあれ、ありのままの真実にあらざる認識に基づいて生きていけば、脱線しないほうが不思議です その危険性を自覚しないで生きていれば、当然に、地獄に行く可能性が高くなるという理屈です 苦とか楽、といった感情は、自分がどう思うかということですから、自分の脳内にあると言えるわけで、自分でなんとかなりそうです 時間、空間といった普通の実感も、仏教的に言えば、脳内の産物です それは、生きて感じるから、時間があって空間があるのであって、感じなければ、まあ、有るとも無いとも言えません また、生死を感じるというか、生きていくのも自分だし、死ぬのも自分ですから、脳内の感情と言うこともできるわけです 苦楽生死といった、我々の置かれた現実は、仏教的に言えば、感じる前の世界には無く、感覚器官と脳によって歪めて感じたから存在する感覚だということになります 苦楽生死によって引き起こされる「孤独と不安」は、自分で解決する他はなく、どんなに偉い神様や仏様も、身代わりにはなってくれません 何回も言うフレー

オカラ入り手作りソーセージの作り方

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自家製、オカラと鳥胸肉のソーセージ 先ず、鳥胸肉約500gを3cmくらいに切ります ミンサー で粗引きにします からまるので、皮だけ別に粗引きにします 大豆1カップ 豆乳メーカー で約30分で、自動的に豆乳とオカラができます 付属の網で漉します できたての、温かい豆乳 今回は、できたオカラは布巾で固く絞っておきます できたての豆乳で、ちょっと一服 オカラと鳥挽肉にスパイス、塩少々、卵1個、片栗粉大匙1、サラダオイル少々を、よく混ぜます 「 手作りソーセージクック 」で、レンジで4分 バジル入りバージョン 鳥胸肉500gと乾燥大豆1カップで18本のソーセージが出来ます ここまでで、約1時間 これを、 スモークウッド で燻煙します ガストーチで点火しないと、よく燃えてくれません (もらい物の、不要になったガンロッカーを改造した燻製器です) 約1時間で、出来上がり オカラが入っていることを感じさせない、ふんわりした、おいしいソーセージができます 比較的ヘルシーなソーセージだと、自己満足してます(^^)/    

蝋梅

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水仙が満開です

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QuantumSenseと仏教

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QuantumSenseと仏教 http://www.chohoji.or.jp/i/qs-1.htm このBlogで書いたことの、まとめのページを作りました  

1月の写真

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