2026/03/30

乳粥 ちちがゆ

 

乳粥(ちちがゆ) おいしいよ

お釈迦様が、菩提樹の下で瞑想しているときに、スジャータが供養した食べ物

作り方
米 1
牛乳 1
水 3
米はしばらく水だけで浸水してから、ほぼ出来上がりの、クツクツ泡立つくらいまで、水だけで煮込んでしまう
仕上げに牛乳を入れて、かきまわしつつ煮立てて、好みの固さで火を止めて蒸らす
{コツ}
牛乳は仕上げに入れる 
インドでは牛乳は水牛の乳で、ホルスタインの乳を等量の水で薄めたくらいの濃さだ
牛乳100%で作ると濃厚すぎる
これでも、出来上がりは、かなり濃厚で、好みで水を多くしてもいい

インドに、僕は7回行っているが、スジャータの住んでいた村には2回行った
お釈迦様はガンジス河の支流の尼連禅河のほとりの木の下にいたのだが、スジャータの村は、川幅200mはある対岸である(乾季には歩いて渡れる時期がある)
この河には20世紀になるまで橋は無く、つまり、「橋の無い河」である
現在でも、スジャータの村は低カーストの被差別部落である
学校だという所も見たが、河原の砂利の上の地べたに、そのまま座り、ノートは無く、小さな黒板にチョークで字を書いていた
想像するに、お釈迦様の時代、先ず、米が限りなく貴重だ
そして乳はもっと貴重だっただろう
乳がゆにはスパイスや砂糖を入れるのがインド風という説もあるが、当時の人々の貧しさへの想像力が足りないと思う
砂糖は日本でも、庶民の口に入るのは近世からだし、インドで2500年前、スジャータの手に入ったとは思えない
貧しい被差別部落から、少女が、極めて貴重な米と乳で作った粥をもって、200mの河を歩いて渡り、樹下のお釈迦様の元に届けた
それが乳粥の供養だ





2026/03/27

シャガ

 


シャガ

元々、畑の片隅に数株自生していた
箕面の勝尾寺にお参りしたとき、群生しているのを見かけて、うちの寺でも真似してあちこち植えてみたのが始まり
草木は植えてみないと、その土地にあうかどうかわからないが、シャガは、どうやらあっているようで、どんどん増えている

僕が高野山にいたとき、最後は奥之院で行法師(祈祷をする職員)をしたが、そのとき奥之院の維那(ゆいな 総責任者)だったのが勝尾寺の貫主だった
維那さんから弘法大師法の伝授を受けたのだが、同行の行法師でも伝授を受けられない者もいて、先輩から、伝授を受けたことは秘密にするよう言われた(もう40年以上前だから時効     この伝授が「お堂の前で拝む時のコツ」に取り入れられている)
維那さんに口うるさく言われたのは「拝んでいる時だけでいいから、ちゃんとしろ」
これは、適当な発言にも聞こえるが、奥の深い言葉で、ちゃんとするには、周到にコンディションを整えねばならず、ちゃんとちゃんとするのは、なかなかに大変なことだと思い知らされている





2026/03/04

しばらく拝観できません

2026年3月4日現在の様子です




令和5年6月2日の集中豪雨で土砂崩れがあって、修復工事を続けています
現在は、工事準備中で、現場の整理と片付けが行われています

第一期 流木と崩落した斜面に残された立木の撤去 直径40㎝位の、流木と崩壊した斜面の立木を40本程撤去しました

第二期 崩落した本堂裏斜面の修復と法面工事 崩れ落ちた土砂を撤去し、法面工事は国史跡の景観を損ねないように植生を使ったものになりました

第三期 国宝本堂の避雷針、軒瓦、裏堂縁側の修復をしました

第四期 今ここ 火災警報等の復旧と流失した消火栓の再設置

第五期 暗渠排水の設置と本堂周辺地盤整備と仮設道路撤去

これと別に、本堂裏堂漆喰壁復旧(災害認定されませんでした)
本堂下に流入堆積した土砂から水が上がり、本堂内部の漆喰壁が崩落しました


相談無しに自分で指定文化財を修理したら、刑事罰があります
ざっくり言って、現地確認して、調査検討の後に概算要求して、文化庁がとりまとめ、内示があって、工事許可申請書を出して、決定通知が来てから、設計などの事業着手ができます
文化庁からは、国会の予算審議を経なければ金が出ませんから、最短であと2年は修理に時間がかかる見込みです
災害復旧ですから、途中で放り出される心配がないでしょうから、まだいいほうです

あと2,3年は拝観停止ですね











 

花は誰のために咲くのか

  いったい、花は誰のために咲くのかという問いがある 花は花だから咲くのだと思う 人にも、誰のために生きるのかという問いがある 人が人だから生きるのだと思う