2025/10/18

第12回御霊屋コンサート




 毎年文化の日に十夜会(大治3年(1128))から続く、念仏法要が勤修されます

法要の後に、ささやかな奉納コンサートを行ってきました
今年でもう12回目です

1128年というと、法然さんや親鸞さんがお生まれになる前です
念仏そのものは、慈覚大師が五台山から招来したものですから、天台の寺で古くからの念仏法要があっても不思議ではありません

2025/09/28

金輪佛頂像法 書き下し

 


陀羅尼集經

T18n0901_p0790a22(00)金輪佛頂像法


欲畫其像。取淨白疊若淨絹布。闊狹任意。

不得截割。於其疊上畫世尊像。

身眞金色著赤袈裟。戴七寶冠作通身光。手作母陀羅。

結跏趺坐七寶莊嚴蓮華座上。

其華座下豎著金輪。其金輪下畫作寶池。

遶池四邊作鬱金華。及四天王各隨方立。其下左邊。

畫作文殊師利菩薩。身皆白色頂背有光。

七寶瓔珞寶冠天衣。種種莊嚴乘於師子。

右邊畫作普賢菩薩。莊嚴如前。乘於白象於其師子。

白象中間畫大般若。菩薩之像。面有三目。

莊嚴如前。手把經匣端身而坐。於佛頂上空中。

畫作五色雲蓋。其蓋左右有淨居天。雨七寶華



其の像を畫かんと欲せば、淨白疊、若は淨絹布を取れ。闊狹は意に任せよ。截り割つては得ず。其の疊の上に於て、世尊の像を畫け。

身は眞金色にして、赤き袈裟を著け、七寶の冠を戴き、通身の光を作し、手は母陀羅を作り、結跏趺坐して、七寶荘厳の蓮華座の上に坐せしめよ。

其の華座の下には、金輪を豎て著け、其の金輪の下には、寶池を畫き作れ。

池の四邊を遶りて、鬱金華、及び四天王を各々方に隨ひて立たしめよ。

其の下の左邊には、文殊師利菩薩を畫き作れ。 身は皆白色にして、頂背に光有り。七寶の瓔珞、寶冠、天衣、種種の荘厳にして、師子に乗ぜしめよ。

右邊には、普賢菩薩を畫き作れ。荘厳は前の如くにして、白象に乗ぜしめよ。

其の師子、白象の中間に於て、大般若菩薩の像を畫け。 面に三目有り。荘厳は前の如くにして、手には経匣を把り、端身にして坐せしめよ。

佛の頂上の空中に於て、五色の雲蓋を畫き作れ。 其の蓋の左右には、淨居天ありて、七寶の華を雨らせよ。


現代語訳の概要

その仏の像を描こうと思うなら、清らかな白い絹の布、または清らかな絹の布を取りなさい。縦横の大きさは自由に決めなさい。切り刻んではいけません。その布の上に、お釈迦様(世尊)の像を描きなさい。

お釈迦様は、体は真の金色で、赤い袈裟をまとい、七つの宝の冠をかぶり、全身から光を放ち、手は印相(母陀羅)を結び、結跏趺坐して、七宝で荘厳された蓮の華の座の上に座っている姿にしなさい。

その蓮華座の下には、金色の車輪を立てて描き、その金輪の下には、宝の池を描きなさい。

池の四辺を囲んで、鬱金(うこん)の華、および四天王をそれぞれの方向を向いて立たせなさい。

その絵の下部の左側には、文殊師利菩薩を描きなさい。 体は全て白色で、頭と背中に光があり、七宝の瓔珞、宝冠、天衣などで様々に荘厳し、獅子に乗せなさい。

右側には、普賢菩薩を描きなさい。荘厳は文殊菩薩と同じで、白い象に乗せなさい。

その獅子と白象の中間には、大般若菩薩の像を描きなさい。 顔には三つの目があり、荘厳は前述の菩薩と同じで、手には経典の箱(経匣)を持ち、姿勢を正して座っている姿にしなさい。

仏の頭上の空中には、五色の雲の傘(雲蓋)を描きなさい。 その雲蓋の左右には、浄居天がいて、七つの宝の華を降らせなさい。


長保寺の本尊は 陀羅尼集經の一字金輪佛頂法によって祀られています

普賢菩薩と文殊菩薩のどちらを左右に配置するかは、実は諸説ありますが、陀羅尼集經の金輪佛頂像法に正確に準拠すれば、長保寺の配置が正しいことになります



2025/09/09

仏道を歩む 多神世界をどう生きるか 動画要約


  • 多神教の世界: 演者は、すべての人を一つの宗教に改宗させようとするのではなく、多様な宗教や無神論者が共存する多神教の世界でどのように生きるかに焦点を当てるべきです。

  • 仏教とキリスト教: キリスト教のような「啓示宗教」とは対照的に、仏教は個人的な実践と理解を通じて自身の苦しみを克服することを重視しています。

  • 「仏道」の概念: 「仏教」は明治時代以降に作られた学術用語であり、元の正確な名称は「仏道」です。「仏道」は単なる教義に従うことではなく、個人的な実践を強調しています。

  • 個人的な実践: 仏教の核心は、老、病、死などの個人の苦しみに向き合い、個人的な実践と理解を通してそれを克服することです。この道は、信条に関係なくすべての人にとって意味のあるです。



多神世界 動画要約


  • 仏教の仏性思想: すべての生き物には仏になる可能性があるという考え方を紹介しており、この思想に基づくと仏の数は無限に存在します [02:15]。

  • 多神世界: 仏教や日本の神道、インドのヒンドゥー教のように多くの神や仏が存在する世界観は「多神世界」です。この言葉は、仏教学者の山折哲雄氏が第一次湾岸戦争時に提唱した概念であり、宗教的な対立を避けるために世界には多くの神が存在することを認識すべきだという考えに基づいています [06:13]。

  • 一神教との対比: 一神教では、自身が信じる神だけが唯一の神であり、他の神や仏は神ではないと見なされる点が、多神教との大きな違いです [07:26]。この世界観の違いが、宗教間の対立を引き起こす可能性があります [09:11]。



心経の解説のページを作った理由

 

心経を最も単純な図式にすれば、こうなります

心経の解説のページを色々作ってきましたが、一番の理由は、長保寺に隅寺心経があるからです。

隅寺心経に関心を持って調べるうちに 釈尊が舎利弗に心経を説いたー>舎利弗の墓はナーランダーにあるー>玄奘はナーランダーで学んだー>玄奘が中国でサンスクリット語から漢訳に心経を翻訳したー>インドでも中国でも原本が失われたが、日本に伝えられて残されているー>行基が聖武天皇と光明皇后のため、玄奘訳の心経を書写させた(隅寺心経、現存する最古の心経)ー>そのうちの一巻が長保寺にある このことから、長保寺の心経が、最も正当で本流の伝承であることが確認されます サンスクリットでचित्त (Citta): 思考、感情、意識 サンスクリットでहृदय (Hṛdaya): 「心臓」、感情の中心や精神的な核心としての心を指す 後世のサンスクリット本ではहृदय (Hṛdaya)が使われている 隅寺心経では、一般的な「般若心経」ではなく「心経」が使われているが、これは、「教えの核心」を示すために使われたと考えられる これらのことから、長保寺の心経の解説が仏教全般の理解のための早道となるだろうと考えました

2025/09/08

心経手文 20 心経の実践 動画要約


  • 経典の重要性: 天台宗では、仏教の教えを語る際に経典に根拠があることを重視します。これは、経典に基づかない話は個人の見解であり釈迦の教えではないと見なされるためです。経典に沿って学ぶことが、最短で教えを理解する方法です [02:17]。

  • 般若心経の実践方法: 般若心経の修行法は、「ギャーテー ギャーテー」と唱えることにあり、これは「行く者よ、行く者よ」という意味を持っています [07:04]。この経典は、諸仏を本尊としてその光に照らされることで智慧を得るという修行法を説いています [13:28]。

  • 仏教の目的: 般若心経の修行の目的は、「一切の苦しみや災難が救われること」です [12:45]。

  • 弘法大師の教え: 弘法大師が説いた「加持」という概念についても触れられており、仏の光が修行者に加わる様子が、水に反射する光に例えられています [18:10]。



心経手文 19 夢の行き着く所 動画要約


  • 「諸仏」という言葉の解説: 諸仏とは、キリスト教やイスラム教のような一神教と異なり、仏教では多くの仏がいるという考え方を示しています。

  • 仏の数: 3000仏名経には、過去・現在・未来にそれぞれ1000の仏がいるとされており、これは無数の仏がいることを意味しています。

  • 修行の経験: 比叡山での修行で「3000仏名礼」を行い、3日間で3000回、五体投地をしながら仏の名前を唱えた経験を語っています。

  • 脳内世界と多神教: 人間はそれぞれ異なる脳内世界を持っており、それが仏教における「諸仏」という考え方につながっていると解説しています。

  • 夢から覚めること: 仏教でいう「仏」とは、夢から覚めて純粋な「空(くう)」を感じる状態を指しており、各々が自分なりの仏に近づいていくのです。

  • 自分なりの仏: それぞれの人が、自分自身の経験を無駄にすることなく、自分なりの仏になっていきます。

この動画は、特定の宗教の教義を押し付けるものではなく、般若心経の言葉を通して、仏教の世界観や人生観について考察する内容となっています。




第12回御霊屋コンサート

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