2014/09/06

Healing Meditation

   
長保寺 国宝多宝塔(1357) 国宝本堂(1311)




Please smiling(As Mona Lisa)

Breathe quietly
Imagine "OK"
Sigh gently
Imagine "Fine"

And end with thanks



I respect Buddha
I respect Christ
I respect Allah
I respect many Gods
And 
I believe in my good heart



ボーっとしてる時間がありますよね
その時
「微笑んで」みてください
お風呂場でも、トイレでも、どこでも

リラックスして
呼吸に意識を集中して

イメージしてください
息を吸うとき「だいじょうぶ」 
息を吐くとき「うまくいくよ」 



かすかに微笑む(モナリザのように)

息を吸うとき 慈悲(love and wisedom)が体にはいる
ありったけのイメージで思う

息を吐くとき 感謝しながら吐く

あなたの中に元々ある、すばらしい心が、仏の慈悲に洗われて、輝く
自分が自分に目覚める




大事なのは

微笑むこと
自分を信じること
「最高の自分になる」と決意すること



普通、宗教というと、「神仏を信じなさい」と言う、と思ってらっしゃるでしょうけど、あなたが信じるのではなくて
ホトケがあなたを信じているのです
今、この時も

つねに自らこの念をなす 何をもってか衆生をして 無上道に入らしめ 速やかに仏身を成就するかと(法華経如来寿量品)



どんなに偉い神仏でも、自分の代わりに働いてくれたり、朝起きてトイレにいってくれたり、腹がへったら飯を食ってくれる、というわけではありません
生きていくのは自分です
自分を信じてください
あなたが信じる、自分の「良心」が、ホトケの心に続いています

自分の「良心」を信じてください
「良心」を突き詰めていくと、仏心に突き当たります
そこまで言い切るのは、仏教だけです
キリスト教やイスラムでは、人は絶対に神にはなりませんが、仏教は、なんてったって成仏を目指してますからね



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2014/09/05

As Mona Lisa

Please smiling(As Mona Lisa)

Breathe quietly
Imagine "OK"
Sigh gently
Imagine "Fine"

And end with thanks


かすかに微笑む(モナリザのように)



息を吸うとき 慈悲(love and wisedom)が体にはいる ありったけのイメージで思う



息を吐くとき 感謝しながら吐く


あなたの中に元々ある、すばらしい心が、仏の慈悲に洗われて、輝く

自分が自分に目覚める それを「悟り」という

リラックスして

1分でも3分でも5分でも、15,30でもいいからやる

どこでもできる

疲れたらやめる がんばる必要はない

いつでもできる

Easy and Simple







僕なりの、瞑想法の詳しい解説は

QuantumSenseと仏教」に書いているのですが、「微笑む」のが大事な理由は書いてないなぁ


いろんな瞑想法がありますが、「先ず微笑む」というのは、今まで僕は聞いたことがありません

仏教で言えば「摩訶止観」とか「清浄道論」とかにも「微笑む」ことは書かれていません
(「摩訶止観」は大乗仏教唯一の座禅の方法の解説です。「清浄道論」は、南伝仏教最大の修行法の解説です)


僕がBlogで「先ず微笑む」ことを書き始めたのは、「Image Training Meditationからで、これが2004年ですから、かれこれもう10年以上前から言っています
最初のうちは、素朴で整理されていませんね

癒される瞑想」は2006年からです
徐々に加筆して現在に至っています


僕が、「微笑む」ことが大事だと思い始めたのは、お世話になった悉地成就者の影響が一番大きいです
この方はもう亡くなりましたが、五神通の有る方で、僕は、お経に書かれていることは全部本当なんだと、目の当たりにしました
この方は本当に笑顔ばかりでした
語り尽くせないエピソードがありますが、全て常識はずれの話ばかりですから、省略しますけど

ま、それで、自分の経験とか、いろいろ考え合わせてみると、微笑まなきゃだめじゃん、と確信するに至ったわけです

ブッダガヤ 金剛宝座 降魔印の釈尊
(現在、金剛法座は二重に柵で囲われて、近づいて写真を撮ることはできません)



微笑むこと
自分を信じること
「ホトケになる」と決意すること
ホトケがわかりにくければ、真実の自分でもいいですが
この3つが大事かなぁ
その他のことは、些細なことですよ


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2014/09/04

Smile meditation


Please smiling(It is very important tips)
Breathe quietly 
Imagine all the love being poured into your heart
With love of all, please sigh gently

 That love is coming from your true heart 
If you think to try,you are able to create a true love



Please smiling

Breathe quietly
Imagine "OK"
Sigh gently
Imagine "Fine"

And end with thanks



長保寺国宝多宝塔(1357)


おおよそ650年前の建造物です

最高度に研ぎ澄まされた、人間の感性が、時代と共に進化するのか
今を生きる我々の感性は、むしろ劣化しているのか
細部に至るまで、一切の妥協のないものを、一生のうちに一つでも作り出せるのか


ボーっとしてる時間がありますよね
その時
微笑んでみてください
お風呂場でも、トイレでも、どこでも



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2014/09/03

長保寺本堂内陣


本堂は1311年建立ですから、700年にわたって祈り続けてきた場所ですね
導師の席に座ると、本尊と目が合います(これ大事です)
長保寺の場合、石段を登りきった場所で、本尊の目線と合うようにできています
本尊のお釈迦様は、お堂の奥にあるので、わかりにくいですが





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2014/08/31

Finger pointing to the moon

= I want you to know that there are other ways = 

I respect Buddha
I respect Christ
I respect Allah
I respect many Gods 
And 
I believe in my good heart

 You know that there is polytheism and monotheism in this world 
Please you know that it is a world where there are many gods 
By believing in yourself, you can become friends with anyone in the world 


この先、大統一理論ができて、仏教、キリスト教、イスラムが統合することになるのでしょうか
そうすれば、一切の宗教対立もないし、唯一の真実を拠り所にして安心して暮らせるようにも思いますけれど・・・・・

実際は、なかなか簡単ではないでしょうね

仏教だけ考えても、北伝のチベット密教、南伝のタイ・ミャンマー・スリランカなどの上座仏教、東伝の中国・韓国・日本などの大乗仏教、西伝はイスラムへの影響、さらにその別れと、分派しつつ流布していきました
日本に伝わってからも、法相、天台、真言、禅、念仏、法華、さらにその分派、そのまた別れと、どんどん分裂していきます
どうも、この先も、益々、分派分裂していく見通しですね

所詮、宗教は脳内世界ですから、脳の数だけ教義があって不思議ではないです


日本仏教に限って言っても
日本の仏教は、壮大な伽藍から始まり、平安時代に山岳仏教になり、中世に日本的な発展を遂げつつ地方へ伝播していきました。江戸時代に檀家制度が確立し、今日では各家庭に仏壇が置かれるところまできました。中央集権的な時代には大伽藍で国家の威信を示し、平安時代には貴族の祈祷道場としての霊力を求められました。それが鎌倉時代にはいると、地方にも中央に拮抗するような勢力が芽生えはじめ、仏教の大衆に向けた発展が加速され、中規模な寺院が日本全国に作られました。江戸時代には封建社会を固定化するために、各村落にも寺院が作られ檀家制度が浸透しました。寺院は国家から地方、そして小さな村落へと変化しつつ発展してきました。そして今は各家庭に仏壇が置かれるようになり、違和感無く我々の生活に溶け込んでいます。
つまり、大⇒中⇒小と流れてきているわけです。で、次なる発展は、国家中枢⇒上流階級⇒地方豪族⇒地域社会⇒家庭ときて、こんどは個人でしょうか。たとえて言えば、大規模通信設備⇒公衆電話⇒固定電話の次に携帯電話がきたように、仏教の個人化がくると考えられます。
細分化は不可避だし、自然な流れなのです



仏教では、古来「月を指す指」と言っているのですが、月は一つであっても、それを指させば、人の数だけ指があるのです
月を指し示すには、自分で納得のいく「月をさす指」が必要になります
指がなければ、指し示すことはできません
月があることを否定しないなら、「月をさす指」はなくならないし、脳内世界の数だけ、つまり、人の頭数だけ指は必要になります

仏教やキリスト教、イスラムも、いまさら過去の資産をすべてぶっ壊すわけにもいきませんし、自分の宗教を拠り所にして、どこまでも追求するしかないと思います
自分の宗教が世の中に合わなくなってきたのなら、その宗教なりに納得のいく理屈を発明して、修正・改善するしかありません

僕は、仏教は空観と唯識観に基いてますから、それほど大きく修正する必要はないと思ってますけど

長保寺 本堂前の石段


人は人、自分は自分で
今、登っている石段を、自分で踏みしめて、登っていくしかないのです



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2014/08/28

Why do you smile ?

それぞれ、私が撮影した写真です
仏様は、皆、微笑んでいます


インド サールナート博物館 初転法輪の釈尊

サールナート博物館では、現在は内部の撮影は完全に禁止されていて、「初転法輪の釈尊」の写真は大変貴重なものになってしまいました
展示されている仏像のなかでも別格の存在です
この仏像だけ、個室に展示されていて、インドの人たちが行列をつくって参拝しています



インド ブッダガヤ大塔 降魔の釈尊

釈尊が悟りを開いたところに建てられた、ブッダガヤの大塔の内部に安置されている仏像です
タイ式かな
陸続きなので、現在のインドでは上座仏教の影響が強く出ています



タイ ワット・ポー 涅槃仏

タイのワット・ポーの巨大な涅槃仏(長さ46m、高さ15m)です
大きすぎて、うまいこと撮影できません



インドネシア ボルブドゥール 微笑む釈尊

実は、今年の春にインドネシアに行ってきました
インドネシアは、ほぼイスラムで、ほかにバリヒンドゥーがありますが、仏教は無くなってしまっています
インドでもそうですが、仏教はヒンドゥーに埋没してしまうのです
ヒンドゥーでは、釈尊も数ある神様の一つですから、問題ないという立場です

仏教とヒンドゥーの決定的違いは、仏教では「空」を説きますが、ヒンドーゥーには「我」しかないことです
日本の神道と仏教は仲良くやっていますが、やはり、そこのところは違います





「空」は、哲学的立場であるともいえます
触ることも、見ることもできませんから

今、モニターを見てらっしゃいますよね、では
パッと目をつぶってみてください

その間に、モニターは月の裏側に飛んでいってます

なわけはないのですが
見てないから、わかりません

わからないけど、ある

それが「空」です

だからどうした、とおっしゃるかもしれませんが、
我々は感覚器官を通じて外界を認識して脳内に再構成しているのです
ですから、実際は、脳内世界を生きているわけです
で、真実の世界は、感覚器官で感じる前の世界なわけです

脳内世界が「色」
真実の世界が「空」です

脳内世界の「色」は、脳の数だけあることになって、対立、独善、妄想、など自動的に生み出される原因になるのです
「我」と言うこともできます
つまり、不幸の原因です

じゃ、「空」はどうなっているのか、ということですが、見たり触ったりする前の世界ですから、絶対に説明することができません
でも、そこにある

「空」を感じることは、つまり、真実の世界を感じることです

お釈迦様は、その方法を見出したから、悟りを開いたわけです
その、第一歩は「微笑むこと」です




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2014/08/27

Do you know yourself ?

神秘体験とか宗教的体験を、専門的には変性意識状態と言ったりします

ご先祖さまを夢で見た
虫の知らせ
胸騒ぎ
ありえない偶然の一致
極めて鋭い直感
霊感
超能力
臨死体験
神の声を聞く
霊を見たり、感じたりする

など、ひとくくりにして、変性意識状態です
長く生きていると、どこかで出くわすもんです、それほど珍しいことじゃありません
非日常的な感覚ですけど、逆に言うと、たまにはある感覚です


月輪観


この、変性意識状態は、体験した者にとっては、実際に起こった出来事であり、疑う余地のないものですが、これを他人に説明するのは極めて困難です

ごく稀な感覚ですから、なかなか共感は得られないのです
ところが、経験した本人からすれば、嘘偽りのない実感なわけです

それで、神から啓示を受けた、無上の悟りを開いた、などの、どうしても人に言いたくなるような至高の体験は、その説明が受け入れられるには、なにかわかりやすい例え話か、既存の神話的物語があったほうがやりやすい、ということになります

それを、「変性意識状態を神話的コスモロジーによって説明する」と言います
あるいは、「深層意識のイメージと神話的コスモロジーの一体化」とも言います

神話的コスモロジーは、たとえば、同じ様な変性意識状態の絶対的存在感を、キリスト教文化圏なら「天の父」、イスラム文化圏なら「アラー」、仏教文化圏なら「大日如来」とか、その文化圏特有の既存のイメージと物語で、合理的に説明しようとして作り出される世界観です
説明は人間社会で人為的に創作されますから、千差万別、各種ある、ということになってきます
それで、異なる宗教や、宗派の解釈の相違が、必然的に生まれるのです

グルメリポートで、同じような天丼を食べても、いろんなリアクションがあるようなもんです


乳香 主にキリスト教の教会で使うお香


起承転結が完結しているからこそ、コスモロジーなわけで
神話的コスモロジーには、あらかじめ決められた結論があって、必ず決められた結末に導かれることになります

おおまかに言えば
キリスト教なら天国
イスラムならアッラーの御下
仏教なら極楽
グルメリポートなら、この店だけで食べられます

それで、同じ変性意識の体験をしても、コスモロジーが違えば、否応なく、異なる結論に導かれることになります
人間の心の仕組みが、それほど違うとも思えないし、唯一の真理がいくつもあっても困るわけですが、神話的コスモロジーが違えば、全く同じ現実や経験から、違う行き先に導くことができるということになるのです

つまり、創作されたコスモロジーが違うから、違う宗教になるのです
そして、宗教体験は、コスモロジーがなければ、説明できないのです


21世紀の世界では、より普遍的なコスモロジーが求められているわけですが、いわゆるカルトは、その逆を行くわけですね

蛸壺に隠れるか、平原をまっすぐ進むか、さて、どちらを選びますか



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花は誰のために咲くのか

  いったい、花は誰のために咲くのかという問いがある 花は花だから咲くのだと思う 人にも、誰のために生きるのかという問いがある 人が人だから生きるのだと思う