化身

映画 アバター
22世紀、人類は地球から遠く離れたパンドラで<アバター計画>に着手していた。この星の先住民ナヴィと人間のDNAを組み合わせた肉体<アバター>を創ることで、有毒な大気の問題をクリアし、莫大な利益をもたらす鉱物を採掘しようというのだ。この計画に参加した元兵士ジェイクは車椅子の身だったが、<アバター>を得て体の自由を取り戻す。パンドラの地に降り立ち、ナヴィの族長の娘ネイティリと恋に落ちるジェイク。しかし彼はパンドラの生命を脅かす任務に疑問を抱き、この星の運命を決する選択を強いられていく……。 
世界興行収入歴代1位


今回は、かなり、わかりにくい話です


この、アバターという言葉
実は仏教語です
ヒンドゥーでも使いますが、「化身」という意味のサンスクリット語です
अवतार avatāra

化身は、神の化身とか言いますけど、姿を変えてこの世に現れた神のことですね


余談ですが、なんでも、インドではシバ神の化身がお生まれになったらしいですよ




さて
今、自分が生きているという素朴な実感は、実際のところは、脳内に作られた印象にすぎません

まあ、昼寝している間は、生きていることを忘れてる、とも言えますね

眼耳鼻舌身の五感を通じて、脳内に印象が形成されるのですが(下の図でいえば、真ん中の白い矢印が五感ですね)、自分自身の実体というか、真実の姿は、右側の「真実の世界」にあるわけです
ところが、この「真実の世界」は、感じられる前の世界ですから、説明や理解のしようがない

一でも多でもなく、過去でも現在でも未来でもなく、有るでも無いでもなく、変化でも恒常でもなく、なんと言ったらいいかわからないので「空」ということになってます

でも、そこにある

この白い矢印は、人間の精神的成長とともに太くなると考えてます
オーラが見える、などは初歩的で
五神通と言われてる、他心通、天眼通、天耳通、宿命通、神足通などは、感覚器官の受容能力の拡大によるものです

「真実の世界」の「一部」しかわかっていないから、五神通が無い、ということになります

僕は「レイヤー」という概念が一番近いと思ってるんですが、(パソコンで絵を書く人はわかると思いますが)、透明のシートに絵を書いて、それを重ねていって全体の絵を作るのですが
こうすると、それぞれのシートで別々に、何回でも書き直せるので便利なのです
服レイヤーで服だけ着せ替えるとか
背景だけ取り替えるとか

http://www.manga-seikatu.net/illust-cgsen2.php


人間の普通の感覚では、「真実の世界」のレイヤーの一部しか認識してないのです

仏教でいうところの、六道ですね
地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天
まあ、畜生界と人界は普通に認識してると
これは、仏教的な例え話で、実際は虹の七色といっても無限のグラデーションがあるように、無限の階層があると思われます



ざっくり言えば、神、ホトケ、ハイヤーセルフなどという「概念」は「脳内世界」です
「真実の世界」の一部に過ぎません

で、この「脳内世界」が、不毛で無意味かというと、そうじゃないのです

人生の全ては、この「脳内世界」で起こっているのです

たとえば
ありとあらゆる対立、紛争、衝突は「脳内世界」(いわゆる、この世)で起こっているわけで、それは人生を左右する大問題なのです
平和的共存も、この「脳内世界」で実現する必要があります

そして、重要なことは
我々の素朴な、生きているという実感は、この、「脳内世界」であるということです

つまり
我々は、「脳内世界」に自分自身という化身を作って生きているのです

実際は、我々は「真実の世界」で生きてるわけですが、自分自身の一部しか理解してない、ということになります

だから、「真実の世界」の自分は死なない、と
厳密に言うなら、生きるでも死ぬでもない「空」に、ほんとうの自分が、今、こうして生きていると


般若心経でいうところの「色即是空」という基本概念から、ここまでくるのですねぇ


唯脳論というのがありますが、たとえばですね、いま見ていらっしゃるモニターの裏側、これ、どうなってるか脳内に今ないわけで、唯脳論的には存在してないことになります
貧困も弾圧も、目をつぶれば、唯脳論的には「無い」で終わりです

見てないんですから、どうなってるかわかる、と言えば、嘘です
でも、実際は、あるのですよ、モニターの裏側が

その裏側を「空」と言ってるんです
そして、我々は「真実の世界(空)」のレイヤーの一部しか認識してないのです






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