2026/09/02

量子論と唯識論のこえられない壁


種子法華曼荼羅 長保寺蔵
 

量子力学あるいは理論物理学の一分野としての量子論と、仏教の唯識論がシームレスにつながっているかといえば、近似しているとまでは言い得ても、残念ながら、全くつながっていない

量子論は科学としてのタガの範囲で反復検証が必要であり、いかなる美しい理論でも検証を経てはじめて正当性が認められる
「量子のエンタングルメント」はアインシュタインは全く認めていなかったが、最近実験によって検証されたとして、ノーベル賞の対象となった
量子論は唯識論の三性でいえば、遍計所執性のみのレイヤーで組み立てられていて、八識で言う所の意識、人間社会の理性の一分野である必要がある

唯識論は、思索と論理だけで組み立てられていて、だれでも同じ手順で検証できるということは要請されていない
その実在性と正当性は、先ずは論理的な整合性であり、終局的には聖僧の、そして釈尊の言葉となる

大天才が表れて、量子論と唯識論の統一理論の構築に何かのブレークスルーがあるかもしれないが、今のところ、似てなくもないが全く別次元の話である


現実を変える

僕がなぜ、唯識論からの三密加持と「量子のエンタングルメント」の関係にこだわり、テーマにするのかというと、三密加持が「現実を変える」からです 大学などのアカデミズムの世界ではそこまで踏み込まないで、伝統的な仏教学の安全圏内で議論していればすむのです 仏教は宗教で、「量子のエンタング...