2026/08/31

思索の助け

 

僕自身のことを少し書くと

高野山大学を卒業して、一年間修行道場の監督を務めた
高野山では、短期間、奥之院の行法師を務めたりした
現在の寺は天台宗で、もう40年近く住職をしている

高野山では町長、法印、を歴任した方が弟子にしてくださった
比叡山はもう40年来往来しているので、ふつうに回峰行者の方などとも縁はできる
住職業も長いので、全国の札所の住職方にも友人がいる
僕の寺には文化財が多いので、歴史ある大寺院の実情も理解できる

ちなみに、インド仏跡巡拝7回、中国仏教寺院訪問5回で、空想で歴史を語っているのではないです

2500年に及ぶ仏教の歴史の積み重ねが、三密加持と本覚思想に行きついたけれど、高野山と比叡山両方の、内情と現場を知っている人間としては感慨深い

まあ、独りよがりで、三密加持と本覚思想を語っているつもりはないのです
だから言っていることに正当性がある、とまでは言わないが、皆様の思索の助けにはなるはずです

仏教には特殊な専門用語が多く、それがまた便利ではあるのですが、すぐにわかったようなつもりになりがちなので、なるべく避けて説明しています


今やれることをやればいい

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