2026/10/10

重々帝網

 阿頼耶識は、行いが心に残した力を、種子として蓄える深層の心で、末那識は、その阿頼耶識を「自分」と思い込み続ける。
この二つは、不可分で切り離せない。一組で、一人の人格の深層をなす。
蓄えられた種子は、縁によって現れる。その種子のうち、人々に共通する共相種子からは、共通の世界(器世間)が現れる。

阿頼耶識は無我・無自性だが、末那識の「私」という思いは、死によってなくなるわけではない。この人生の人格は終わっても、蓄えられた種子は、縁によって、また現れる。

個々の阿頼耶識は別々でありながら、共通の世界を現す。そのさまは、帝釈天の網の珠が互いを映し合う姿に似ている。帝釈天の宮殿には、果てしなく広がる網が掛かり、その結び目ごとに宝珠がある。どの珠も、ほかのすべての珠を映し、映った像の中にも、また珠が映っている。


帝釈天の網の図



重々帝網

 阿頼耶識は、行いが心に残した力を、種子として蓄える深層の心で、末那識は、その阿頼耶識を「自分」と思い込み続ける。 この二つは、不可分で切り離せない。一組で、一人の人格の深層をなす。 蓄えられた種子は、縁によって現れる。その種子のうち、人々に共通する共相種子からは、共通の世界(器...