2019/05/04
2019/02/13
多神世界を生きる
仏菩薩を尊敬し
八百万の神を尊敬し
イエスキリストを尊敬し
アラーの神を尊敬し
自分を信じる
自分を信じられない人は、他になにかを信じることはできません
自分を信じられない人は、誰かを信じているようで、それは盲目的に依存する「おすがり」です
数え方は色々あるかもしれませんが、人間の数だけ「自分の脳内世界」があることに変わりはありません
八百万の神々や仏菩薩など、多くの神仏が存在するのも、こうした現実が前提になっています
八百万の神を尊敬し
イエスキリストを尊敬し
アラーの神を尊敬し
自分を信じる
自分を信じられない人は、他になにかを信じることはできません
自分を信じられない人は、誰かを信じているようで、それは盲目的に依存する「おすがり」です
人間は、なにをどう偉そうに言っても、「ありのままの世界」から、その一部を切り取って「自分の脳内世界」を作り出して生きていくしかありません
その時、「ありのままの世界」はいくつあることになるのでしょうか数え方は色々あるかもしれませんが、人間の数だけ「自分の脳内世界」があることに変わりはありません
八百万の神々や仏菩薩など、多くの神仏が存在するのも、こうした現実が前提になっています
普賢十羅刹女像 絹本着色 室町前期(15世紀)
ご覧のとおり、古ぼけた仏画です
ですが、500年前の仏画となると、実際はこれが普通です
むしろ、この仏画は保存状態がいいほうです
鮮やかな色彩が残っている仏画が、いかに特別で貴重か分かります
実はこの画像は、去年、アメリカのボストン美術館より学芸員がわざわざ来て調査されました
アメリカには普賢十羅刹女像がいくつかあって、研究も盛んらしいです
日本では普賢十羅刹女像を出して拝むことは、もう皆無ではないかと思いますが、海を超えて研究は続いているのです
釈迦十六善神像 絹本着色 室町前期(15世紀)
大般若経600巻を転読祈祷するときに使う本尊です
囲繞する護法善神達が大般若経の威徳を受けて、広大な仏事を成就します
位の高い仏菩薩には眷属に多数の神々がいて、それぞれが仕事を分担して働きます
山王本地仏曼荼羅図 室町前期(15世紀)
神様の本体は仏菩薩であるという信仰(山王一実神道)に基づいて、比叡山を守護する神々の本地を描いた曼荼羅です
山王垂迹神曼荼羅図 絹本着色 室町前期 (15世紀)
比叡山を守護する神々の姿の図です
本地の仏菩薩は最上部に梵字で表されています
神も仏も、相手に応じた姿で現れます
山王垂迹神曼荼羅図 江戸後期
長保寺14世海弁が、比叡山の神々の姿を描かせたものです
日本の神道や仏教では多数の神々や仏菩薩が、あたりまえにいます
皆様は特に何の違和感も感じないと思います
仏教の故国のインドのヒンドゥーにも多数の神々がいます
ローマにパンテオンが建設された時代には、やはり多数の神々がいました
それが、ローマカトリック確立後、一神教に変わります
世界には、多数の異なる神々がいることを認めない、あるいは無視する、イスラムとかキリスト教など一神教があるわけですが、実際のところはどうなのでしょう
世界の現実は「多神世界」なのではないですか
2019/02/12
法華経の「金胎不二」
種子法華曼荼羅図 絹本着色 室町前期(15世紀)中央部分
塔の中の梵字の左がバクでお釈迦様、右がアで多宝如来です
左のお釈迦様が「金剛界」で、右の多宝如来が「胎蔵」で、金胎同時に供養します
法華経の見宝塔品から発展した曼荼羅です
法華曼荼羅図 絹本着色 江戸中期(1783)
極めて特殊な曼荼羅です
弘法大師は「金胎不二」といって、もともとインドや中国では別系統のものとして扱われていた金剛界曼荼羅と胎蔵曼荼羅を一対のものにしました
「唯識と空」をワンセットにして考えなければならないからです
「金胎不二」を説く根本経典の金剛頂経(金)や大日経(胎)は、お釈迦様が説いた経典ではありませんが、お釈迦様の説法した法華経にも、「金胎不二」の思想が含まれているのです
「金胎不二」は密教経典に基づいた弘法大師だけの独創的世界観ではなくて、法華経にも内包されている、と言えるのです
ただ、この法華曼荼羅が、歴史的な順序からして弘法大師より以前に成立していたかといば、それには疑問があります
弘法大師が先で、その思想の影響をうけて法華経が曼荼羅としてまとめられたのかもしれません
鎌倉時代に至り、日蓮上人は密教を激しく攻撃するのですが、金剛頂経や大日経は元々お釈迦様の説法では無いわけで、そこに異質なものを感じたとしても不思議ではありませんが、仏教思想の延長線上に生まれた経典であることはまちがいありません
日蓮遺文断簡 鎌倉後期
日蓮上人の御真蹟です
久遠寺から紀州7代藩主宗将の生母永隆院が賜り、それが長保寺に寄進されました
観ること自在なる菩薩(2)
般若心経で言うところの「顛倒夢想」は、進化の過程で出来上がった脳の仕組みに由来します
脳幹は生存にとって重要な情報だけに反応するようにできています
脳幹のフィルターを通過して形成された脳内イメージが、生に執着しエゴイズムに満ちたものになるのは、まあ、自然の摂理でもあるのです
で、その脳内イメージだけでは人間が幸せになれないのは、脳幹によってフィルターにかけられた、「顛倒夢想」だからです
脳幹は生存にとって重要な情報だけに反応するようにできています
脳幹のフィルターを通過して形成された脳内イメージが、生に執着しエゴイズムに満ちたものになるのは、まあ、自然の摂理でもあるのです
で、その脳内イメージだけでは人間が幸せになれないのは、脳幹によってフィルターにかけられた、「顛倒夢想」だからです
般若心経(隅寺心経) 天平時代 冒頭部分
般若心経には「観ること自在なる菩薩」は一切の苦厄から救われると書かれています
「観自在菩薩」は、よく誤解されていますが、観自在菩薩という人格を持った存在ではありません とらわれなく物事を考察する人は、といった意味になります
なんの固定観念にも縛られず、一切の先入観もなしに、物事をとらえることのできる人は、実は限られています
「観ること自在」というのが、なかなか難しいのです
そもそも人間は脳の仕組みによって自己保存に役立つ情報に関心を持つようにできているので、生死、損得、勝ち負け、上下関係などに縛られずに物事を考えるのが難しいのです
「自在」とは、勝手気ままということではなく、生死、損得、勝ち負け、上下関係など一切の先入観を離れることなのです
我々の脳内世界は、いわば「ありのままの世界」から、その一部を切り取っているのです
意見の食い違いや、衝突、孤独など、あってあたりまえです
では、「ありのままの世界」とはどんな世界なのかといえば、仏教は、「空(くう)」つまり曼荼羅だと言っているのです
手っ取り早く「空」を体験したい方は、パッと目をつぶってみてください
その時、目の前の画面は「空」になっています
そこにあるけれど、どうなっているか見ていないのだからわからない
わからないけれど、ある
般若心経には不生不滅不垢不浄不増不減と書かれています
「空(くう)」とは何か
種子金剛界曼荼羅図 絹本着色 鎌倉後期(14世紀)
種子胎蔵曼荼羅図 絹本着色 鎌倉後期(14世紀)
金剛界と胎蔵の両界曼荼羅を具備するのは密教寺院にとって必須とされています
金胎あわさって世界の完全な説明が出来ると考えられているからです
金剛界が唯識観、胎蔵が空観で、「唯識と空」が仏教の最も基本となる概念です
金剛界尊形曼荼羅 絹本着色 江戸中期 天明3(1783)
種子曼荼羅の梵字は、それぞれが、仏の画像に対応しています
胎蔵尊形曼荼羅 絹本着色 江戸中期 天明3(1783)
金剛界曼荼羅と胎蔵曼荼羅は、インドで約1500年程昔に全く別々に成立しましたが、日本で両界曼荼羅として合体しました
仏教の理解には「唯識と空」の組み合わせが必須だからです
世界を感覚器官を通じて認識しているというのが、仏教の出発点です
脳内に形成された意識が「唯識」、感じられる前の世界が「空」です
「唯識と空」が仏滅後約1000年かけて洗練され密教になります
「唯識」が金剛界曼荼羅になり、「空」が胎蔵曼荼羅になります
初期の仏教において「空」は比較的素朴な形で説かれるのですが、仏滅後1000年を経て、曼荼羅の姿に集大成されます
曼荼羅によって説明される「空」を、我々は自分の顛倒夢想によって歪めて受け止めています
その曼荼羅を獲得することを仏教は目指しています
2019/02/04
観ること自在なる菩薩
心経玄談を一部分加筆しました
http://www.chohoji.or.jp/aaeaea/%E5%BF%83%E7%B5%8C%E7%8E%84%E8%AB%87/
般若心経の冒頭に
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
「観ること自在なる菩薩」が、深く般若波羅蜜(向こう岸に至る智慧)を行じたまいし時に
度一切苦厄
一切の苦(苦痛)と厄(災害や事故)を度(解決)したまいき
とまあ、書かれているのですが、「観自在菩薩」は、よく誤解されていますが、観自在菩薩という人格を持った存在ではありません とらわれなく物事を考察する人は、といった意味になります
なんの固定観念にも縛られず、一切の先入観もなしに、物事をとらえることのできる人は、実は限られています
今風に言えば
我々(菩薩)が、なにものにもとらわれず自由に(自在)深い知恵で(深般若波羅蜜)観察(観)すると(行)諸々の問題を解決できる(度一切苦厄)
ということで、ありったけの智恵と知識で、物事を固定観念や思い込みから離れて深く観察することで、問題を解決することができる、と説いているのです
http://www.chohoji.or.jp/aaeaea/%E5%BF%83%E7%B5%8C%E7%8E%84%E8%AB%87/
般若心経の冒頭に
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
「観ること自在なる菩薩」が、深く般若波羅蜜(向こう岸に至る智慧)を行じたまいし時に
度一切苦厄
一切の苦(苦痛)と厄(災害や事故)を度(解決)したまいき
とまあ、書かれているのですが、「観自在菩薩」は、よく誤解されていますが、観自在菩薩という人格を持った存在ではありません とらわれなく物事を考察する人は、といった意味になります
なんの固定観念にも縛られず、一切の先入観もなしに、物事をとらえることのできる人は、実は限られています
今風に言えば
我々(菩薩)が、なにものにもとらわれず自由に(自在)深い知恵で(深般若波羅蜜)観察(観)すると(行)諸々の問題を解決できる(度一切苦厄)
ということで、ありったけの智恵と知識で、物事を固定観念や思い込みから離れて深く観察することで、問題を解決することができる、と説いているのです
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