夜の森、大河の畔の大きな菩提樹の枝に、一羽のフクロウさんがとまっていました。
静かに、でもはっきりとした声で、こう語り始めます。
「ねえ、聞いておくれ。
この大きな樹の根っこは、地下深く、どこまでも続いているんだよ。根っこには、これまでのすべての経験や思い、喜びも苦しみも、小さな種として眠っている。その種は、昔から途切れることなく、静かに繋がってきたものなんだ。
仏教では、この根っこのことを阿頼耶識(あらやしき)と呼ぶんだよ。
阿頼耶識は、ただ深いだけじゃない。過去も、現在も、未来も、すべての種がここで静かに繋がって、樹全体を支えているんだ。
その根っこを、いつも『これが私だ』と抱きしめて支えている太い幹がある。
この幹のことは、末那識(まなしき)と言うんだよ。
『考える意識』は、その幹を拠り所にして、枝の先に生まれてくるんだ。雨が降り、風が吹き、陽が当たると、その種は芽を出そうとする。でもね、種がただ芽を出すだけじゃ、樹は本当の意味で生きていかないんだ。
本当に大事なのは、枝の先で働く『意識』なんだよ。特に、枝の先にある『考える意識』がね。この考える意識は、根っこから上がってきた種を受け取る。
そして、『これは何だろう』と見分け、『これはあの種と似ている、でも違う』と区別し、『こっちの道を選ぼう』と方向を決め、『こう組み合わせたら、新しい葉っぱが生まれるかも』と工夫する。
ただ受け取るだけじゃない。 受け取った種を、丁寧に見て、結び合わせて、これまでなかった形に変えていくんだ。
その考える過程には、いくつかの働きが一緒に動いている。何かに注意を向ける力、それを『これだ』とつかむ力、じっくり考える力、そして、最終的に『こっちにする』と決める力。 この決める力が働くからこそ、ただの種が『選択』や『創意工夫』になるんだよ。
ここで、二つの大切な言葉を覚えておいてほしい。
一つは自由意思。
これは、枝先の『考える意識』が、上がってきたいくつかの種の中から、『こっちの道を選ぼう』と自分で方向を決める力のことだよ。根っこにどんな種が多いかで、選ばれやすい道は傾いている。でも、最終的に『これにする』と決めるのは、『考える意識』なんだ。その決める働きが、自由意思だよ。
もう一つは創意工夫。
これは、受け取った種を、ただ選ぶだけじゃなくて、『こう結び合わせたら、新しい葉が生まれる』と、これまでなかった形に組み合わせて、新しいものを生み出す力のことだよ。種を素材にしながら、考える意識が新しく結びつける。それが創意工夫だ。
正しい選択をするときは、こんなふうに進むんだ。
まず、根っこからいろいろな種が上がってくる。苦を増やす種も、苦を減らす種も、混ざって上がってくる。考える意識は、それを一つひとつ見分ける。 『これは前に苦しんだ道だ』 『これは少し楽になった道だ』 と、丁寧に区別する。次に、じっくりと比べる。『こっちを選んだら、どんな葉が茂るだろう』『あっちを選んだら、どんな影ができるだろう』 と、想像しながら考える。
そして、自由意思が働く。 根っこに苦を減らす種がしっかり蓄えられていれば、『考える意識』は、自然とそちらの方向に心を向ける。『こっちの道を選ぼう』と、静かに決めるんだ。その決断は偶然じゃない。
でも、決めるのは枝先の自由意思だよ。
決めたあとは、その選択の結果を、また根っこに新しい種として返す。苦の少ない道を選べば、次はもっとその道を選びやすくなる。そうやって、少しずつ、樹全体が楽な方向へ育っていく。
ここで、どうしても伝えたいことがある。
考えることがなければ、苦しみを減らし、避けることはできない。
そして、もう一つ。
自由意思と創意工夫がなければ、全てが何も変わらず、ただ流れていくだけになる。
根っこに種があっても、枝先で自由意思が働かなければ、どの道を選ぶこともできず、ただ熟すままに流される。 創意工夫が働かなければ、種を新しく結び合わせることもできず、 同じ葉が、同じ形で、繰り返されるだけになる。
『考える意識』が働いて、はじめて 『これは苦の種だ』と気づき、
自由意思で『こっちは苦を減らす道だ』と選び、
創意工夫でより良い形に結び合わせ、その選択を根っこに返すことができる。
自由意思も創意工夫もなければ、樹は自分で葉の向きを変える力を失い、風のままに、苦しい方向へも、何も変わらず流されていくだけなんだよ。
そして、これだけは忘れないでほしい。
考えること、自由意思、創意工夫、がなければ、苦しみを終わらせることはできない。
これらが働かなければ、苦の種を見分け、選び直し、新しい形に変えていくことができない。 ただ流されるだけでは、苦しみは終わらない。 苦の終わる道を、自分で選んで歩いていく力が、ここにあるんだよ。
それにね、人間はときどき間違った選択をして、新たな苦しみを生み出してしまうことがある。 でも、そんなときでも、仏様を祈ることで、自分の中にある、より善い選択肢を見つけやすくなるんだよ。祈りは、根っこに眠る善い種を、枝先まで呼び起こす優しい風のようなものなんだ。 その風が吹けば、『考える意識』は、苦の少ない道をよりはっきりと見て、選びやすくなる。
だから、毎日少しずつでも、枝先の意識を丁寧に使って、 良い種を根っこに返してあげるんだ。偶然じゃない。根っこに蓄えられた種と、枝先で働く意識が、一緒に道を作っているんだよ。
……ふふ、今夜の月がきれいだね。 種は静かに、意識は確かに、働いているよ。
考えること、自由意思、創意工夫を、忘れないでね。
これがなければ、苦しみは終わらないのだから。」
フクロウさんはそう言って、ゆっくりと羽を畳みました。
