死を迎えると
感じる働きは 静かに止まり
見ることも
聞くこともなく 続いていく
深い静けさの中で
まどろむ
消えることなく
次の縁を待って
新たな生を迎える
死を迎えると、感じる働きは止まります。
もう痛みも、温かさも、音も届きません。
それでも、見ることも聞くこともないまま、心の奥の静かな流れは続いています。
完全に消えてしまうわけではないのです。
深い静けさの中で、ただまどろんでいます。
夢を見ることもなく、ただ休んでいるような状態です。
そして、途切れることなく、次のきっかけを待っています。
そのときが来れば、また新たな生を迎えます。
死ですべてが終わるのではなく、静かなまどろみのあと、再び始まるのです。
仏教の唯識論が考えている世界観です。
心の奥の静かな流れを、できれば、美しく清らかなものにしたい。それが、仏教が目指していることです。
これは、死後の問題だけでなく、今いかに生きるのかという問題でもあるのです。
見る・聞く・考えるという働きがあるから、教えを聞き、正しく考え、努力や改善の工夫ができます。死後は前五識と意識が止まり、まどろみの状態になるので、新たな修行を進めることはできません。
だからこそ、今生きているこの時間に、限りない価値があるのです。
